2014年11月28日 金曜日 | No Comments »

2014.11.25

輝 進 vol.226

法人会全国青年の集いが、全国から約2200名が参集し秋田市で開催された。大会スローガンは「ユタカな国へ あきた美じょん」 毎年全国もちまわりで開催されておりだいたいいつもは1800名位の参加者数であり、昨年の広島大会に続いて集客に成功し盛り上がった大会になった。租税教育プレゼンテーション、部会長ウエルカムサミット、部会長サミット、大会式典、記念講演、懇親会、物産店、各ファンクションがそれぞれうまくいって全国法人会連合会の盛永青年部会長はじめ役員の皆さんからも評価の高い充実した秋田大会となった。阿部大助大会会長、進藤文仁実行委員長はじめ実行委員会のみんなが役割分担をしながら連携プレーで頑張った。私は一昨年まで全法連青年部の副会長をつとめ3年前から大会誘致・準備に携わってきたので大会が成功し感無量だった。ハードは不十分でもあきたがもつ潜在的ポテンシャルは高いと実感した。全国からみてあきたは魅力的なユタカな国なのである。記念講演は三種町出身の橋本五郎さんが「リーダーはいかにあるべきかーユタカな国・美しい心をつなぐためにー」と題して講演した。私は橋本さんのアテンド役で県民会館の楽屋でご一緒して、いろいろな話をさせていただいた。ちょうど衆議院解散の日で政治的ホットな話題とふるさと秋田への熱い思いを語っていただいた。ナカイチで行われた物産展も大盛況、天候にも恵まれて売上も上々だった。キャッスルホテルでの懇親会は4階全体を使い2000名以上が集まった大パーティーとなった。夜の川反は人であふれかえって昔の全盛期を彷彿させるにぎわいとなった。こういった大会がしょっちゅう秋田で開催されるようコンベンションの誘致を強化していきたい。今月は他にも英語科、保育、生活科など教育関係の全国大会が秋田で開催され、宿泊、物産、飲食関係はおおいに経済効果があったようである。
3日国民文化祭が無事閉会式を迎えた。広小路を通行止めにして秋田県の重要無形民俗文化財を集めたフィナーレイベントを開催した。残念ながら天候が悪く予定が変更になったりしたがたくさんのお客さんが詰めかけた。竿燈、土崎港祭り、角館山ぶっつけ、花輪ばやしが協演し、刈和野の大綱引、六郷の竹打ちも行われた。県民会館の閉会式では大日堂舞楽が披露され、県民参加型のミュージカルが行われた。国文祭を通じてあきたの伝統・文化を再認識、再発見することができた。あきたの文化度は高い。これをきっかけに交流人口をどんどん増やしていきたい。
明治神宮菓道敬神会、今年も「さなづら」を奉献した。敬神会の会長を23年間おつとめになられた岡本楢雄会長がこのたび退任され白松一郎さん(白松が最中)が新会長、佐々木勝先生が副会長に選任された。弊社は小国キセの時代から明治神宮には欠かさず参拝している。神殿での神事がおごそかに執り行われそのつどすがすがしい気持ちになる。ご利益があるように精進していきたい。
その翌日は岡本楢雄さんの叙勲祝賀会が大阪のリーガロイヤル大阪で開催され、300名が参加して盛大な祝宴だった。岡本さんは全国菓子工業組合連合会理事長も長くおつとめになり、義理人情に厚く若手の面倒見のいい方である。秋田にも弊社の周年記念祝賀会をはじめ3度お越しいただいている。岡本さんのますますのご健勝を祈念したい。
私のJTB時代からの親友布施努君が姫路観光コンベンションビューローに出向しており、表敬訪問して平成の大修理が終わりつつある姫路城を案内してもらった。白鷺城ともいわれる世界遺産姫路城はやはり素晴らしかった。大河ドラマ軍師官兵記念館も見学した。さすがににぎわっていた。秋田市と姫路はコンベンションの連携もしている。おおいに参考にしていきたい。神戸の菓子店のウオッチングもできた。夜はJTBの加藤神戸支店長がお好み焼き「どんぐり」を設営してくれて懐かしのメンバー10数名が私のために集まってくれて旧交を温めた。25年前にタイムスリップして若返った気がする。この次はもう少し時間をとって第二の故郷神戸を探索してみたい。
秋田大学教育文化学部附属小学校の140周年式典・祝賀会がホテルメトロポリタン秋田で開催された。私が小学校5年生のときに100周年を迎えて行事をやったことを鮮明に思い出した。子どもたち4人もそれぞれ附属小にお世話になったので、当日はなつかしい先生たちにお会いすることができた。「はとの子発表会」も先生たちも感動するくらい素晴らしい内容だったようである。附属の子どもたちのポテンシャルはすごい。
その後附属小の3年生が工場見学にきた。3クラス入れ替わりで、尾形工場長が工場を案内し私が栄太楼やお菓子の話をした。するどい質問がでたりちょっと大変だったがこちらも刺激になった。「さなづら」を知らない子たちが多いのでこの機会に食べてもらった。もっともっと子どもたちにおいしいお菓子をPRしていきたい。
ブラウブリッツ秋田のホーム最終戦とノーザンハピネッツの琉球ゴールデンキングス戦をダブルヘッターで観戦した。ブラウブリッツはU22と引き分けて今シーズン8位で終わった。来期にむけまた頑張ってほしい。ハピネッツは琉球に連敗したが現在東地区2位。観客の応援はものすごかった。岩瀬社長、水野社長もフットワークよく頑張っている。サッカー、バスケットともにオールあきたで盛り上げていきたい。
大相撲九州場所、大砂嵐は左足のけがのため途中休場したが再出場して4勝をあげた。あせらずけがを完治させて、また来年頑張ってほしい。力はあるので、型を身につければもっと強くなるだろう。横綱白鵬が14勝1敗で32回目の優勝を果たして、大鵬と並んだ。鶴竜は終番失速、稀勢の里もまた期待外れ、まわりが不甲斐無さすぎる。それにしても初優勝から51場所で32回優勝した白鵬はすごい。天国の大鵬もほめているだろうが、ライバルとなる強い力士がでてこなければ角界全体がよくならない。この32回の優勝の間日本人力士の優勝は皆無である。ストップ白鵬―日本人力士の奮起をうながしたい。くしくも千秋楽の日に北海道の大空町で行われた大鵬杯では、高校生以上の部で幸林が優勝、中学生の部で幸之介が優勝、幸成が準優勝を果たし大鵬の孫が大活躍した。近い将来のデビューを期待したい。
安倍総理の不意打ちで衆議院解散総選挙に突入した。勝つことが目的だけの選挙。地方や中小企業は迷惑である。地方にとってアベノミクスは???。国会議員は衆参あわせて200名いればいいと思うがいかがだろうか?参議院は人口割りでなく地域割りにすべきだと思う。1票の格差を追及するとそのうち秋田の議員はいなくなってしまう。
栄太楼お客様感謝祭開催中。来客数を増やして店頭のにぎわいを増して、年末・クリスマス商戦も頑張っていこう!!
社長 小国輝也

カテゴリー:社長通信 「輝進」
2014年11月10日 月曜日 | No Comments »

第29回国民文化祭が秋田県で開幕した。4日の開会式は県立武道館で皇太子殿下も参列され盛大に挙行された。東海林太郎音楽祭は4日、5日県民会館で行われ成功裏に終えることができた。実行委員長として私もホッとしている。両日あわせて約1800名の方に来場いただき、お客様からは「感動した」「素晴らしい内容でよかった」などとおほめの言葉が多かった。紆余曲折あったが開会式と重なったこともあり動員は苦労した。それでも「みんなで歌おう東海林太郎」に参加した全国からのメンバーや特別出演者のペギー葉山さん、ボニージャックスさん、長田暁二さん、東海林良さんたちからは素晴らしい音楽祭だったと評価いただきありがたかった。東京から東海林太郎のお孫さんにあたる光樹さんはお孫さん連れでご家族おそろいで参加され、東海林太郎歌謡芸術保存会の故中村邦夫会長のご長男ご夫妻も駆けつけていただいた。保戸野小学校、秋大附属小学校、秋田高校の皆さんも出演し、まさに老若男女、東海林太郎につながりのある人、ゆかりのある人、想いのある人みんなで創り上げた音楽祭になった。浅利香津代さんの朗読も感動的だったし、あきたの「ふるさと合唱団」の歌声も素晴らしかった。この二年間音楽祭の実行委員会を毎月のように大町で開催してきたが、国民文化祭の秋田市実行委員会事務局の皆さんをはじめいろいろな方にお世話になった。「あきたが生んだ永遠の歌手東海林太郎」は不滅である。この素晴らしい先人を顕彰し次世代に引き継いでいきたい。「つなごう東海林太郎の人と歌」?音楽祭をただのイベントに終わらせず「一唱民楽」の生涯を貫いた東海林太郎の魂をつないでいきたい!国民文化祭期間限定の「東海林太郎どらやき、国文祭どらやき」も好評発売中!音楽祭では「東海林太郎どらやき」人気だった。

県の地域産業振興課食品工業振興班から支援いただき、トヨタ自動車東日本様の指導を受け半年間、本社工場のカイゼン活動に取り組むことになった。すでに尾形工場長と打ち合わせをし、一度指導していただいたが28日にこの「カイゼン」のキックオフミーティングをすることになっている。全員参加でこのカイゼンに真剣にとりくみ栄太楼の生産性向上を図っていきたい。

ちょうど私の友人である長谷川清さんが来秋し工場を見てもらいアドバイスをいただいた。彼は日清製粉からトラバーユし、食品製造現場のソフト面での支援や資格取得のアドバイスを専門にしている。工場はおおむね良好だったが、整理整頓の推進について助言があった。さっそくチャレンジしている。日々改善―自分たちの手でよくしていこう!

秋田商工中金ユース会の県南研修があり、美郷町の斉藤光学製作所を見学させていただいた。社長の斉藤伸英さんはユース会メンバーである。斉藤光学製作所さんは次世代パワー半導体基盤の加工の受注を伸ばしている。基盤の表面研磨を大幅に省力化する技術を実用化し、製造コスト削減を実現したそうである。5年後には売上を現在の2倍にする予定である。若いスタッフの方がいろいろ説明し案内してくれた。5Sが行き届いていて素晴らしかった。斉藤さんは技術だけでなく説明能力を高めれるようスタッフ教育をしているようである。技術を磨き人材を育成するーわが社も見習っていきたい。県南の交流会はグランドパレス川端で行われまた有意義な情報交換をした。

北海道川湯の大鵬親方の実家に一昨年他界した親方の兄・故納谷幸治さんのお参りに行ってきた。高校時代、大学時代、JTB時代ツアーで行ったときなど義兄に大変お世話になった。ご葬儀にお伺いできなかったので25年ぶりくらいの訪問だった。奥様、長男の基也さん、次女の裕子さんたちと昔のことから今に至るまで様々な話をすることができた。姉芳子、美絵子も用事があって北海道に行っており女満別で合流して一緒にいった。親方と昵懇の中である大幸建設の佐々木社長がご案内してくださった。前日は美幌峠から屈斜路湖をながめ、サロマ湖のホテル・鶴雅リゾートに宿泊した。天気がよく絶景だった。終わりかけだったが今年の北海道は紅葉の当たり年だったらしい。ほたてなど絶品で食事もおいしく温泉も堪能した。北海道は観光王国であるがそれでも最近は日本人の団体が減って苦戦しているらしい。札幌一極集中のようである。川湯温泉は旅館街残念ながら昔に比べるとさみしくなっていた。おみやげのお菓子も単価が低くなっているようだった。時代の変化とともに人々の価値観、ライフスタイルも変わっている。お菓子の売り方も工夫していこう。短い滞在だったが北海道の大空と大地を満喫してきた。

葵旅館の竹嶋さんが1日ご逝去された。うちの親父の代から旅館組合でもお世話になった。畳を愛する会を幹事長として仕切ってくれ毎年いろいろなところに一緒に研修旅行に行った。会合ではいつもムードメーカーだった。心からご冥福をお祈り申し上げます。

全国高校サッカー選手権、秋田高校は大曲工業、角館を破りベスト8まで進んだが西目に敗れてしまった。次男洋敬はゴールキーパーである。1,2年生だけのメンバーでよく健闘した。優勝候補の商業と南高は準決勝で敗れ、決勝は西目対新屋に決まった。

秋田高校のフィールドワークは関西方面で生徒の「自主性」を尊重してかフリータイムが多い行程になっている。我々の頃の修学旅行とは様変わりである。有意義な旅にしてほしいものである。

BJリーグ秋田ノーザンハピネッツは開幕から4勝2敗。長谷川ヘッドコーチはじめ選手も気合が入っている。プレシーズンがよくなかったので心配したがこの勢いで頑張ってほしい。ホーム開幕戦には東京から佐藤元君夫妻も駆けつけ、終わってから「みどり寿司」さんで懇談をして盛り上がった。彼のハピネッツへの想いは熱い!今週末は私も群馬戦応援に行く。GOGOハピネッツ!!栄太楼もボランティアサポートスポンサーである。

菓子組合青年部の和菓子講習会が酒井商会で行われた。講師の先生は会津豊玉の阿部大三さん、秋田の素材を活かした旬の和菓子を教えていただいた。弊社尾形工場長が助手を務めた。私も青年部の仲間とともに先生と懇談した。常に勉強して切磋琢磨することが大切である。お菓子の深堀りをしていこう。

中学校の職場体験学習がブームのようである。今月は泉中、土崎中、天王中、東中のみなさんが本社工場に職場見学もしくは仕事の体験に訪れた。明るく元気で熱心な子どもたちが多い。なかなか時間がとれないときもあるが、秋田の子どもたちのキャリア教育に可能なかぎり協力していきたい。あきたの未来は明るい。

プロ野球クライマックスシリーズ、セリーグは阪神が2位からリーグ優勝の巨人を4連勝で破り9年ぶりに日本シリーズ進出を果たした。リーグ後半調子をおとしていたが土壇場での快挙である。トラファンは狂喜乱舞。パリーグはソフトバンクが日本ハムを降した。日本シリーズは阪神対ソフトバンク。1985年以来の阪神日本1を期待したい。

社長 小国輝也

カテゴリー:社長通信 「輝進」
2014年10月10日 金曜日 | No Comments »

ここ数年9月は厳しい残暑がつづいたが、今年は最高気温も30度を超えることがなく大変過ごしやすい天候で一気に秋本番をむかえたようだ。朝の千秋公園の散歩でも「急に涼しくなりましたね。」が挨拶の第一声だった。お菓子もゼリー類や水ものに代わってまんじゅうやどら焼きなどの餡子ものが多くでるようになった。巨砲大福や芋ようかんが人気である。敬老会は今年もまたたくさん地区の社会福祉協議会様からご用命をいただいた。不老長寿最中、紅白饅頭、紅白蒸しどら焼き等が人気だった。榮太楼のお菓子を食べて健康で長生きをしていただけたら幸いである。お彼岸のおはぎ、あんころ餅も例年より動きがよかった。あんこが命。ありがたいことである。和菓子スタッフをはじめ工場の皆さんお疲れ様!

久しぶりに家族全員がそろって愛犬のプクもつれて小旅行に行った。福島県白河、栃木県那須をまわったが、行く先々のお店や食事、宿も個性的で大変楽しいひと時をすごした。心身ともにリフレシュすることができた。旅行はいいものだ。

秋田県観光連盟の理事会、アフターディスティネーションキャンペーン実行委員会の幹事会があいついで開催された。キャンペーンの宣伝効果はあったと思うが限定的なので継続して秋田に観光客を呼び込めるように受け入れ態勢の更なる強化とインパクトのあるPRをやり続ける必要がある。秋田が時間的にも距離的にも遠いことを自覚してわざわざきてもらう目的づくりと演出が大切である。観光連盟主催で秋田観光コンベンション協会協力による「秋田花まるっモニターツアー」が行われた。「千秋公園、菓子舗栄太楼大町店、ねぶり流し館、あきた舞妓と濱の家で会食コース」ー人気だった。栄太楼では東海林太郎音楽館と大鵬ギャラリーを見学してもらったあと、ENで和菓子作りにチャレンジした。松橋先生の指導もよくみなさんそれぞれ素敵な上生を完成させていた。アマノの社長さんご夫妻も参加されていたがなかなかの腕前だった。今回のツアーのように、半日でも普段経験できないことを盛り込んだツアーは今の時代、お客様のニーズに合致しているようである。秋田市だけでなく、今一度まわりを見渡してみれば県内外のお客様を喜ばすことができる小旅行がもっと発掘できそうである。あきた人の英知を結集して魅力的なあきたをアピールしていきたい。「まごころ秋田」「秋田花まるっ」「あきたにしましたーあきたびじょん」

姉芳子、姪美絵子たち一行がサハリンに表敬訪問し、大鵬出生の地ポロナイスクに建立された大鵬銅像に面会を果たした。共同通信で報道された。ポロナイスク市長はじめみなさんが歓迎してくれて滞在日数は短かったが、大鵬生誕の地を堪能することができたようである。ただ空港のあるユジノサハリンスクからポロナイスクはバスで5時間近くかかり、道路や公衆トイレなどの整備は日本のようにされておらずちょっと大変な旅行だったようである。市長さんからは毎年来てくださいと言われたようだが・・・私も一度は訪ねてみたいと思う。

「大鵬銅像をサハリンに建てる会」のJA大潟村の小林組合長さんたちと佐久という小料理屋で懇談をした。彫刻家鎌田俊夫さんの志を意気に感じて大潟村のみなさんが動きだし、小林さんが先頭に立って募金運動を展開した。まさにオール秋田で創り上げた大鵬である。小林さんたちの熱意に感動した。感謝したい。いろいろな話でおおいに盛り上がった。

大鵬企画とタイアップして、大鵬直伝ちゃんこスープを発売した石井食品の伊藤さん、小島さんがPRに来秋した。大鵬ゆかりの皆さんに紹介したいとのことだったので、私が主だった方々のところに同行した。トリのソップダキは大鵬自慢のちゃんこである。価格は一袋350円位でリーズナブル。「大鵬ちゃんこ」ぜひご賞味を!石井食品で直接販売している。

FM秋田の番組審議委員会の懇親会が「館」で、中央会や物販関係の知人との交流会を「戸隠」で行った。おいしい料理と日本酒で楽しいひとときを過ごした。いい酒は本当に美味い。酒が私を飲む前にお開きになり、ほろ酔い気分で明日への英気を養った。飲んだときに情報交換したり閃いたことを即実践に移していきたい。ガンバロー!

秋田商工会議所の商業部会で新しく加入されたJA新秋田さんを交えて会議をおこなった。秋田県産枝豆を日本一にしょうとしてとりくんでいるが料理店や旅館ホテルがタイアップして売っていくことになった。県産枝豆を3種類ゆでかたを変えたりしたものを試食して品評会をおこなった。香り、食感、味も抜群によかった。そのまま食べるものだけでなく。加工してお菓子などにも使えるようにステップアップしていきたいものである。秋田の素材をちょっとだけ使い県外で作って秋田で売っている筋違いの食品もあるが、秋田の素材を活かして地元で加工して県外から外貨を獲得できるように弊社もチャレンジしていきたい。「地産他消費」をめざそう!

いよいよ10月4日から11月3日まで秋田県で国民文化祭が開催される。期間中全県さ

まざまな場所で50を超える催事やイベントが予定されている。秋田市でも吹奏楽、オーケストラ、合唱などをはじめ13の事業が予定されている。4日武道館で行われる開会式には皇太子殿下がおみえになる。4日5日は県民会館で東海林太郎音楽祭が開催される。4日はくしくも東海林太郎の命日で歌の供養祭につづき、浅利香津代さんによる朗読。5日

は長田暁二、東海林良さんらによるトークセッション、全国からおこしの皆さんによる「みんなで歌おう東海林太郎」、ペギー葉山さん、ボニージャックスによる歌謡ステージと盛りだくさんの内容である。テーマは「伝えよう東海林太郎の人と歌」、私が実行委員長を仰せつかった。国文祭のオープニングイベントである東海林太郎音楽祭をぜひ成功させてはずみをつけたい。ぜひ皆さん東海林太郎音楽祭をよろしく!!10月は文化の祭典であきたが盛り上がりそうだ。みんなおもてなしの精神を忘れずいっしょに楽しみましょう!

25日から27日まで上野駅で秋田県物産展―あきた産直市が開催され弊社も参加する。福岡部長が気合を入れて販売にあたるが私も挨拶まわりと助っ人に参上する予定である。おおいに首都圏であきたの栄太楼をアピールして売り込んでいきたい。首都圏市場を開拓して外貨獲得をめざしていこう。

大相撲秋場所は大砂嵐は10日目まで4勝6敗。横綱白鵬戦おしかった。今場所は相撲に迷いがでているのと左足の具合がよくないようだ。残り頑張って勝ち越してほしい。優勝はやはり全勝の白鵬かな。新大関豪栄道はじめ大関陣が期待外れ。新関脇豪風はここまで五分の星。新入幕の逸ノ城は優勝争いにからんで化け物ぶりを発揮している。後半戦日本人の奮起を期待したい。大嶽部屋もファイト!

社長 小国輝也

カテゴリー:社長通信 「輝進」
2014年9月16日 火曜日 | No Comments »

大鵬道場大嶽部屋の秋田合宿が9日から13日までにかほ市の土田牧場で行われた。連日あいにくの雨で土俵が使えずあまり稽古にならなかったようだが、猛暑の東京を抜け出し涼しい大自然の中で過ごせたことは力士たちにとってかなり気分転換になったようである。11日には秋田キャッスルホテルで「大鵬道場大嶽部屋を激励する交流会」を開催し、大嶽部屋一行15名をあわせて130名近い皆さんが参集して大盛会だった。大鵬夫人の姉芳子、三女で姪の美絵子も参加した。巡業から駆けつけた大砂嵐は大人気で写真撮影の行列ができた。大嶽親方も昔の大鵬部屋時代の秋田合宿の思い出を交えながら感謝の挨拶をした。大鵬部屋は昭和48年から約20年間旅館栄太楼に泊って、千秋公園や八橋で稽古をしていた。鈴木茂夫さん、辻良之さんから激励の言葉をいただき、日赤の宮下先生の音頭で乾杯した。あきた舞妓の千乃葉さんがサプライズで登場し華を添えてくれた。力士によるカラオケ、ウルトラクイズ、大じゃんけん大会、抽選会とアトラクションも盛り上がって楽しい交流の宴になった。別会場で秋田の豪風関の激励会も開催されていたが、大嶽部屋の動員力が強かったようでちょっと申し訳なかった。いずれにしても相撲人気も回復してきているのを実感する。大嶽部屋の力士の活躍を期待するとともに、秋田から大嶽部屋の関取を誕生させたいと思う。翌日は土田牧場で振舞ちゃんこが行われ、大嶽部屋の激励パーティーも行われた。来年以降も秋田合宿継続できるよう応援していきたい。15日にはサハリンのポロナイスク(大鵬生誕の地・旧樺太の敷香)に大鵬の銅像が建立され盛大にセレモニーが行われた。除幕式に参列した彫刻家の鎌田俊夫さんも感無量のご様子だった。里帰りした大鵬が日本とロシアの平和の架け橋になってくれることだろう。

あきた舞妓のお披露目会は1日にキャッスルホテルで行われた。弱冠25歳で株式会社せんを立ち上げた水野千夏社長の情熱と努力にまわりの皆さんがいろいろ協力して、ついに「あきた舞妓」がデビューした。関係者やマスコミが見守る中一期生3人が紹介され踊りを披露した。「あきた舞妓」は秋田美人をテーマに文化を発信する事業でもある。昔の芸者全盛の時代とは花町も秋田をとりまく状況も人々のライフスタイルも変わっている。事業を軌道に乗せて成功させるためにはさまざまなチャレンジが必要だと思う。秋田活性化のためにも秋田の人と街をあげて「あきた舞妓」を盛り上げていきたい。

それにしても8月の雨はひどかった。まるで梅雨に逆戻りしたようで完全に晴れた日は3日しかなかった(24日まで)。全国でも京都や広島で大雨による土砂災害が発生し特に広島では甚大な被害状況になっている。50年に1度の大雨があちこちでしょっちゅう起きるようになってきた。あきらかに天候異常である。防災のための準備を普段からぬかりなくすることが大切である。竿燈まつりも前半は天候に恵まれ暑いくらいだったが最終日は台風の影響もあり雨がふりつづきあわや中止かと思う状況だった。雨の晴れ間をみて15分くらい竿燈をあげて演技を披露することができた。雨の中待っていただいたお客様と竿燈の差し手の気持ちが一つになった竿燈になった。時間は短かったがお客様からは感謝の言葉が多かった。私は平成2年から司会をつとめているが過去にも雨や風で危ない日もあり時間短縮もあったがまだ中止になったことはない。小国輝也がマイクを持つと竿燈は必ずできるジンクスは今年も健在だった。妙技会は市立体育館で行われ、大若団体戦は規定も自由も柳町が優勝して二冠となった。特に自由演技では竿9本を成功させ、今までの記録を塗り替え素晴らしかった。観客からどよめきが起きた。決勝はレベルが高く室内ではあまり差がつきにくく審査員泣かせの大会になった。史上最多270本の夜空に揺れる光の稲穂の競演は今年も大きな感動のドラマを生んだ。竿燈は右肩上がりである。東京から私が学生時代お世話になった株式会社野瀬の会長のご長男野瀬大輔さんがちょうど仕事のため来秋し、竿燈を観てもらった。彼も感動したようだ。食事をともにし翌日は工場見学をしてもらい、いろいろな話をすることができた。

大曲の花火には家族と友人とともに出かけて素晴らしい空間の演出と時間を共有し楽しむことができた。特別番組の北日本煙火工業の創造花火と大会提供花火はとくにワンダフルな内容で歓声と拍手が鳴りやまなかった。まわりを見回したら観客が皆よだれをたらしそうなくらい口をあけてケータイカメラを上に向けていた。思わず笑ってしまった。音と光の織りなす異次元の世界、まさに大曲の花火は世界一である。

7月29日にはホテル大和の故佐渡谷栄悦さんの13回忌法要が執り行われた。旅館ホテル組合の理事長、観光連盟会長として実行力がありフットワークがよく私も大変お世話になった。なつかしい皆さんとお会いして話をすることができた。佐渡谷さんに報いるためにも秋田を良くしていきたい。お盆にはこの一年にお亡くなりになった新盆の方々をまわって手を合わさせていただいた。縁を大事にしながら今生かされていることに感謝して努力していきたい。

県観光連盟の未来塾、県総合政策審議会の観光・交通部会があいついで開催された。湯瀬ホテル、稲住温泉、日景温泉・・・歴史と伝統のある秋田の宿が県外資本に売却されたり廃業したり、秋田の観光業界は瀬戸際である。ハードソフト両面で秋田の魅力をアップし集客力を高めていくことが急務である。バリアフリーに真剣にとりくんでみるのも戦略としては大事である。秋田県には民間旅館ホテルに対しての補助も含めた支援を即実行に移してもらいたい。現有財産の磨きこみとともに、IR(統合型リゾート)誘致のような外貨獲得に資する取組みが必要不可欠である。座して死を待つよりチャレンジすべし!秋田!!

鶴の湯温泉さんに久しぶりにピンチヒッターでお菓子の販売にいった。お盆中だったが、家族連れの方々を中心に全国からお客様がいらしていた。東京、岐阜、大阪、大分・・・私もさまざまなお客さまと会話ができて楽しかった。さすが日本のあこがれの秘湯鶴の湯である。お風呂に入れなくても一目見て写真を撮りたくて来た方もいらした。「栄太楼のお菓子を買うためだけに秋田に来ました!」と言ってもらえるようなお店をめざしたい。

こすもす秋田25周年・こすもす秋田新屋ホール竣工記念祝賀会が開催された。新屋が8軒目のホールである。原田亀夫社長はシャープから転身し3代目であるが「安くて近くて合理的」を合言葉に会員を増やし冠婚葬祭業としては後発だったが、今では地元資本の葬祭業としては断トツである。弊社も前身のセブンユニオン時代の平成2年からお取引いただいている。お客様のライフスタイルの変化は激しいが栄太楼もお客様に喜んでいただけるお引き菓子を心をこめてお届けしていきたい。生協の大川会長をはじめ来賓の皆さんからも示唆に富んだ祝辞が述べられた。こすもす秋田さんおめでとうございます!

社長 小国輝也

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2014年9月3日 水曜日 | No Comments »

大鵬道場大嶽部屋の秋田合宿が9日から13日までにかほ市の土田牧場で行われた。連日あいにくの雨で土俵が使えずあまり稽古にならなかったようだが、猛暑の東京を抜け出し涼しい大自然の中で過ごせたことは力士たちにとってかなり気分転換になったようである。11日には秋田キャッスルホテルで「大鵬道場大嶽部屋を激励する交流会」を開催し、大嶽部屋一行15名をあわせて130名近い皆さんが参集して大盛会だった。大鵬夫人の姉芳子、三女で姪の美絵子も参加した。巡業から駆けつけた大砂嵐は大人気で写真撮影の行列ができた。大嶽親方も昔の大鵬部屋時代の秋田合宿の思い出を交えながら感謝の挨拶をした。大鵬部屋は昭和48年から約20年間旅館栄太楼に泊って、千秋公園や八橋で稽古をしていた。鈴木茂夫さん、辻良之さんから激励の言葉をいただき、日赤の宮下先生の音頭で乾杯した。あきた舞妓の千乃葉さんがサプライズで登場し華を添えてくれた。力士によるカラオケ、ウルトラクイズ、大じゃんけん大会、抽選会とアトラクションも盛り上がって楽しい交流の宴になった。別会場で秋田の豪風関の激励会も開催されていたが、大嶽部屋の動員力が強かったようでちょっと申し訳なかった。いずれにしても相撲人気も回復してきているのを実感する。大嶽部屋の力士の活躍を期待するとともに、秋田から大嶽部屋の関取を誕生させたいと思う。翌日は土田牧場で振舞ちゃんこが行われ、大嶽部屋の激励パーティーも行われた。来年以降も秋田合宿継続できるよう応援していきたい。15日にはサハリンのポロナイスク(大鵬生誕の地・旧樺太の敷香)に大鵬の銅像が建立され盛大にセレモニーが行われた。除幕式に参列した彫刻家の鎌田俊夫さんも感無量のご様子だった。里帰りした大鵬が日本とロシアの平和の架け橋になってくれることだろう。

あきた舞妓のお披露目会は1日にキャッスルホテルで行われた。弱冠25歳で株式会社せんを立ち上げた水野千夏社長の情熱と努力にまわりの皆さんがいろいろ協力して、ついに「あきた舞妓」がデビューした。関係者やマスコミが見守る中一期生3人が紹介され踊りを披露した。「あきた舞妓」は秋田美人をテーマに文化を発信する事業でもある。昔の芸者全盛の時代とは花町も秋田をとりまく状況も人々のライフスタイルも変わっている。事業を軌道に乗せて成功させるためにはさまざまなチャレンジが必要だと思う。秋田活性化のためにも秋田の人と街をあげて「あきた舞妓」を盛り上げていきたい。

それにしても8月の雨はひどかった。まるで梅雨に逆戻りしたようで完全に晴れた日は3日しかなかった(24日まで)。全国でも京都や広島で大雨による土砂災害が発生し特に広島では甚大な被害状況になっている。50年に1度の大雨があちこちでしょっちゅう起きるようになってきた。あきらかに天候異常である。防災のための準備を普段からぬかりなくすることが大切である。竿燈まつりも前半は天候に恵まれ暑いくらいだったが最終日は台風の影響もあり雨がふりつづきあわや中止かと思う状況だった。雨の晴れ間をみて15分くらい竿燈をあげて演技を披露することができた。雨の中待っていただいたお客様と竿燈の差し手の気持ちが一つになった竿燈になった。時間は短かったがお客様からは感謝の言葉が多かった。私は平成2年から司会をつとめているが過去にも雨や風で危ない日もあり時間短縮もあったがまだ中止になったことはない。小国輝也がマイクを持つと竿燈は必ずできるジンクスは今年も健在だった。妙技会は市立体育館で行われ、大若団体戦は規定も自由も柳町が優勝して二冠となった。特に自由演技では竿9本を成功させ、今までの記録を塗り替え素晴らしかった。観客からどよめきが起きた。決勝はレベルが高く室内ではあまり差がつきにくく審査員泣かせの大会になった。史上最多270本の夜空に揺れる光の稲穂の競演は今年も大きな感動のドラマを生んだ。竿燈は右肩上がりである。東京から私が学生時代お世話になった株式会社野瀬の会長のご長男野瀬大輔さんがちょうど仕事のため来秋し、竿燈を観てもらった。彼も感動したようだ。食事をともにし翌日は工場見学をしてもらい、いろいろな話をすることができた。

大曲の花火には家族と友人とともに出かけて素晴らしい空間の演出と時間を共有し楽しむことができた。特別番組の北日本煙火工業の創造花火と大会提供花火はとくにワンダフルな内容で歓声と拍手が鳴りやまなかった。まわりを見回したら観客が皆よだれをたらしそうなくらい口をあけてケータイカメラを上に向けていた。思わず笑ってしまった。音と光の織りなす異次元の世界、まさに大曲の花火は世界一である。

7月29日にはホテル大和の故佐渡谷栄悦さんの13回忌法要が執り行われた。旅館ホテル組合の理事長、観光連盟会長として実行力がありフットワークがよく私も大変お世話になった。なつかしい皆さんとお会いして話をすることができた。佐渡谷さんに報いるためにも秋田を良くしていきたい。お盆にはこの一年にお亡くなりになった新盆の方々をまわって手を合わさせていただいた。縁を大事にしながら今生かされていることに感謝して努力していきたい。

県観光連盟の未来塾、県総合政策審議会の観光・交通部会があいついで開催された。湯瀬ホテル、稲住温泉、日景温泉・・・歴史と伝統のある秋田の宿が県外資本に売却されたり廃業したり、秋田の観光業界は瀬戸際である。ハードソフト両面で秋田の魅力をアップし集客力を高めていくことが急務である。バリアフリーに真剣にとりくんでみるのも戦略としては大事である。秋田県には民間旅館ホテルに対しての補助も含めた支援を即実行に移してもらいたい。現有財産の磨きこみとともに、IR(統合型リゾート)誘致のような外貨獲得に資する取組みが必要不可欠である。座して死を待つよりチャレンジすべし!秋田!!

鶴の湯温泉さんに久しぶりにピンチヒッターでお菓子の販売にいった。お盆中だったが、家族連れの方々を中心に全国からお客様がいらしていた。東京、岐阜、大阪、大分・・・私もさまざまなお客さまと会話ができて楽しかった。さすが日本のあこがれの秘湯鶴の湯である。お風呂に入れなくても一目見て写真を撮りたくて来た方もいらした。「栄太楼のお菓子を買うためだけに秋田に来ました!」と言ってもらえるようなお店をめざしたい。

こすもす秋田25周年・こすもす秋田新屋ホール竣工記念祝賀会が開催された。新屋が8軒目のホールである。原田亀夫社長はシャープから転身し3代目であるが「安くて近くて合理的」を合言葉に会員を増やし冠婚葬祭業としては後発だったが、今では地元資本の葬祭業としては断トツである。弊社も前身のセブンユニオン時代の平成2年からお取引いただいている。お客様のライフスタイルの変化は激しいが栄太楼もお客様に喜んでいただけるお引き菓子を心をこめてお届けしていきたい。生協の大川会長をはじめ来賓の皆さんからも示唆に富んだ祝辞が述べられた。こすもす秋田さんおめでとうございます!

大町店の芳賀さんが結婚準備のため退職することになり、有志で壮行会をおこなった。神戸に旅立つそうである。インターネット通販強化にとりくんでもらった。このあとの芳賀さんのご健勝を祈念したい。ありがとう!

社長 小国輝也

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2014年7月25日 金曜日 | No Comments »

「サハリンに大鵬の銅像を建てる会(会長は高橋大潟村村長)」が進めていた大鵬の銅像がようやく完成し11日ホテルサンルーラル大潟においてお披露目された。大鵬夫人である姉芳子も東京から駆けつけた。原型となる木彫をほった彫刻家の鎌田俊夫さんも感無量の様子だった。「大鵬のもつ強さ、優しさ、威厳をうまく表現できた。大潟村のみなさんをはじめオール秋田で大鵬銅像を完成させることができて大変うれしい。」と話された。鎌田さんの志と気迫がものごとを成就させた。木彫をもとに銅像を制作したのは秋田市の武藤工芸鋳物の武藤元社長。武藤さんも誇らしげだった。できあがってすぐ私も添川の工場に伺って拝見したが素晴らしい出来栄えだった。JA大潟村の小林組合長はじめ事務局の皆さんが、さまざまな段取りや募金集めに奔走された。目標の800万円もほぼ集まったようである。当日参集された皆さんをはじめマスコミの方々も喜んでいた。紆余曲折があったがみんながハッピーになった事業だった。このあと大鵬銅像はサハリンに運ばれ、8月16日に現地で披露されることになっている。姉芳子も、「はじめて栄太楼旅館であった頃の大鵬の雰囲気に似ている。大鵬の母が能代出身、私が秋田市出身で、今回秋田の皆さんが銅像を作っていただいたことに縁を感じると共に感謝している。大鵬は樺太生まれだが日本に来てから出生の地であるサハリンに行くことはできなかった。銅像となって里帰りすることになり本人も喜んでいると思う。サハリンから日本や秋田を見守ってほしい。」と話していた。ロシアに建立される初めての日本人の銅像である。大鵬は伝説になりつつある。

コープあきたは大川理事長が退任され、宇佐美常務が理事長に就任した。取引業者で組織している「虹の会」の総会がビューホテルで開催された。大川さんが生協の改革を断行した12年間を振り返りながら講演をされた。最初の3年は一晩たてば赤字がどんどん増えていく状況でいつ倒産してもおかしくない状況だったそうである。「なんとしても負けてたまるか、おれの気迫で会社を再生させてみせる。」という気持ちでさまざまな改革にとりくんで幹部スタッフと一枚岩になった経営をすすめた。秋田県内の生協の統廃合もすすめやり遂げることができた。コープあきたは6期連続増収増益を達成することができた。今年になって預金が借金を上回る状況まで改善がすすみその晩は人生で最もおいしい晩酌をあげることができた。ともに頑張った職員やお取引先の皆さんに感謝している。徳川家康や上杉鷹山の遺訓を胸に日々戦った12年間だった。といった主旨の話をされて、おわったときには会場が割れんばかりの拍手だった。大川さんには私も機にふれ折にふれアドバイスをいただいている。その経営姿勢を私も見習って、栄太楼の改革をスピードアップして名実ともにみんなが誇れるいい会社を創りあげていきたい。

水野勇気さんと千夏さんの結婚披露宴が280名の参列者が祝福しイヤタカで盛大に開催された。水野さんはノーザンハピネッツを運営する秋田プロバスケットボール株式会社の社長、千夏さんはあきた舞妓事業をまさにこれから展開しようとしている株式会社せんの社長である。来賓の佐竹知事もとてもテンションの高い祝辞を述べられた。新郎新婦とつながりのある秋田のVIPが多数集まった。約3時間大変中身の濃い素晴らしい披露宴だった。新郎は挨拶で、「国際教養大学に入学して秋田にきて、秋田が好きになり秋田を元気にしたい一心でハピネッツをたちあげた。千夏も同じ思いであきた舞妓の会社をたちあげていこうとしている。二人の共通の思いはこの秋田の土地や人が素晴らしいと感じているので、なんとかこの秋田をよくしていきたいということである。これからも皆さんからのご支援ご指導をよろしくお願いします。」という主旨の話をした。私もものすごく感動し感銘をうけた。こういう若者がいる限り秋田は不滅だと思う。私も初心に帰って家族を守り事業を繁栄させ、秋田活性化のために尽力していきたい。お引き菓子は弊社にご用命をいただいた。バスケットボールと舞妓のイメージの上生、焼印入りの紅白蒸しどら焼きのセットをオリジナルでお届けした。世紀の祝宴の一翼を担うことができてありがたいことである。二次会のパーティー用には弊社で入刀用の大きなバスケットボールまんじゅうをプレゼントした。お二人の末永い幸せと事業の繁栄を祈念したい。素敵な門出に乾杯!

27日には小国家の角曲川の本家の小国真一さんの結婚披露宴がノートルダム大曲でおこなわれる。真一さんの祖父一郎さんが私の祖父庫吉の甥にあたる。真一さんは今ダイワロイネットホテル秋田に勤務していて、大町店もお世話になっている。久々に小国家の親戚の皆さんとお会いしていろいろ話ができそうだ。結婚披露宴はいいもんだ。おめでたい!

自動車免許の書き換えをした。今度はゴールド免許かと思っていたら、5年以内に軽微な違反があってまた3年後更新になった。免許センターに親友の佐々木薫君(警察官)が勤務していて合間にいろいろ話ができた。

いとく川尻店が10日オープンした。サービスカウンターのケーキは弊社にご指名いただき、冷ケースは栄太楼コーナーになっている。ありがたい。オープンセールは大混雑だった。

秋高祭に今年も足を運んでみた。母校の文化祭はいいものだ。クラスデコレーションはなかなかおもしろい作品があった。我々のころと変わらないものと進化したものがあると感じた。屋台のやきとり、やきそばうまかった。高校野球は秋高ベスト16で敗退。秋田南もベスト8。秋田市勢今ひとつだった。角館が能代松陽を破って初優勝。甲子園出場を決めた。OBの佐竹知事とても喜んでいた。角館の活躍を祈念したい。

商工中金懇話会で歴史家の加来耕三さんの講演をお聞きした。タイトルは「歴史に学ぶリーダーとは」。歴史は止めないと意味がない。立ち止まってものを考えることが重要と力説された。本能寺の変の後の黒田官兵衛の働きの話など大変楽しかった。日本人が好きな人物は信長、龍馬など「よくわからない人たち」が多いとのことだった。

パルテごとうの会長後藤ミヤさんがご逝去された。(社長のご母堂様)享年92歳。ご主人とともに後藤商店を立ち上げ仕事一途な方だった。お世話になりました。合掌。

ワールドカップはドイツが優勝。2位アルゼンチン、3位オランダ、開催国ブラジルは4位だった。世界のサッカーのレベルの高さには度肝を抜かれた。テレビ観戦したが実にエキサイティングだった。

大相撲名古屋場所、大嶽部屋の大砂嵐は横綱初挑戦、鶴竜、日馬富士から2日つづけて金星を獲得した。白鵬には善戦したがおよばず。ラマダンで断食をしながら12日まで6勝6敗。なんとか勝ち越してほしい。勝ち越せば殊勲賞は確実で来場所の三役の可能性もでてくる。「かちあげ」が物議をかもしたが大砂嵐の相撲は荒削りだがおもしろいと思う。優勝はやはり白鵬かな。8月は9日から13日まで大嶽部屋が土田牧場で合宿することになった。11日にはキャッスルホテルで大嶽部屋を励ます交流会を開催する。ぜひたくさんの皆さんに参加してもらいたい。GO大嶽部屋。がんばれ大砂嵐!

社長 小国輝也

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2014年6月25日 水曜日 | No Comments »

サッカーワールドカップブラジル大会、日本はコートジボワールに1?2で負け、ギリシャと0?0で引き分け、コロンビアに1?4で負けて2敗1引き分けで1次リーグ敗退が決まった。25日の朝は日本中が茫然自失の雰囲気に包まれた。(ように思った)本田、長谷部をはじめ日本代表選手たちは精魂をこめて戦ったが、紙一重で勝利の女神を引き寄せることができなかった。サッカーは個々の力とチームプレーの結集による総合力であるが、試合の流れや運不運も結果に大きく影響する。残念な結果に終わったが、日本サッカーの今後に期待したい。昔に比べサッカー人口やファンは確実に増えている。W杯では前回優勝のスペインや、イングランド、イタリアといった強豪国も1次リーグ敗退が決まった。優勝はオランダかブラジルかな?このあとは肩の力を抜いて観戦したい。

千秋茶会は晴天に恵まれ例年にまして人出が多かった(約1万人)。裏千家様と狭山流様からご用命をいただいた。菓子はそれぞれ「青梅」「紫陽花」。尾形工場長はじめ和菓子スタッフがこころをこめて丁寧に調整させていただき、おかげで評判もすこぶるよかった。茶席で食べておいしかったということで早速お店に買いに来てくれたお客様もいらした。ありがたい。

八幡秋田神社の例大祭もすがすがしい新緑の千秋公園で厳粛に執り行われた。引き菓子は弊社の上生だった。私は朝の散歩で八幡神社と竜神さん、与次郎稲荷を参拝している。八幡神社の山本神官、大奥様には旅館をやっているころから何かとお世話になっている。日ごろ神々に守られていることを実感している。感謝!

裏千家の後藤宗国先生が淡交会秋田支部の研究会のため来秋された。私は副幹事長としてお出迎えし、濱の家さんでお食事をともにさせていただいた。茶道のことはもちろん、京都のこと、秋田のことなどいろいろ会話が弾み有意義だった。

全国飲食業組合連合会の全国大会が秋田で開催され、1500名を超える皆さんが参集した。ナカイチにぎわい広場でおみやげ販売をしたが、飲食業のオーナーの方々からかなり秋田の銘菓をお買い上げいただいた。「人が集まれば菓子が動く」?秋には国民文化祭やさまざまな全国大会が予定されている。大会コンベンションの誘致をもっと積極的におこなっていきたい。

寺内の宝寿司さんで会食をする機会があった。3か月先まで予約がいっぱいの繁盛店である。マスターのだしてくれる新鮮な魚や寿司はほんとに美味だった。満腹!

雄勝町の親戚の家に挨拶に行く機会があった。旬の鮎料理をごちそうになった。新鮮でものすごくおいしくお酒もすすんだ。秋田の食は素晴らしい。

秋田県総合政策審議会の今年度一回目の会議があり知事はじめ各部部長から「ふるさと秋田元気プラン」の今年度の方針などについて説明があり質疑応答がおこなわれた。私は引き続き観光・交通部会の副部会長である。実行性のある議論をしていきたい。秋田市行政改革委員会の第一回会議も開催された。人口減少が急激に進む中さまざまなコストダウンを図るとともに選択と集中の考えに基づき成長戦略に予算を重点配分し秋田を活性化させていくことが大事である。

法政大学後援会全国支部長会議、秋田支部新入生父母交流会が相次いで開催された。法政大学は4月から田中優子前社会学部長が新総長に就任し、メディア露出も多く有名な方なので先頭に立って大学のPRをされている。現在学生数は27000人位いるがそのうち地方出身者は7000人位である。学生数の減少や経済的な理由などで私立大学は学生の確保のためにさまざまな取り組みを進めている。法政のように親や学生にたいする面倒見のいい大学が増えている。日本の少子化傾向が加速しており大学にも影響がでているようである。

秋田県が人口減少率トップでついに103万人台に突入した。このままいくと2095年ころには秋田県は消滅する。行政まかせでなく抜本的な対策、アクションを起こしていこう。

秋田高校同窓会総会がビューホテルで開催され200名以上が参集した。任期満了で豊口同窓会長が退任され、町田睿さんが新会長に就任した。町田さんは北都銀行会長である。記念講演は昭和62年卒で宮田陽の芸名で漫才師として活躍している齊藤敬さん、なかなか楽しい話だった。私は司会をつとめたが懇親会も例年以上に参加者が多くにぎやかな宴となった。同窓の絆は強い。

陸上自衛隊の総合射撃演習が三種町の射撃場でおこなわれ視察した。北東北の各師団の代表約80名が参加し、競技を行っていた。はじめて見たが実弾を使っての競技は音もすごく迫力満点だった。隊員はひとつひとつの動作をきっちり確認し、素早く行動していた。自衛隊の皆さんの日頃の訓練は素晴らしいものである。集団的自衛権行使容認の件で国会で審議が続いているが、実際に自衛隊が戦闘に参加し戦争に巻き込まれる事態だけは避けてほしい。国際情勢がきな臭くなってきているが安部総理をはじめ日本の政治家の良識あるリーダーシップを期待したい。わが社も自衛隊を見習って規律正しい社風を創っていきたい。

日蓮宗の「秋田県教師大会」が開催され、私が「わたしの信仰体験」と題して講演させていただいた。菩提寺である本妙寺の大森宣昌上人が秋田県宗務所長をおつとめで指名を受けた。日蓮宗のお上人さん35名の前で少し緊張したが、祖母キセのことや、父母のことやお寺に対して日頃感じていることを話させていただいた。後半は大鵬のことや栄太楼のことなどを話して、無事役目を終えた。懇親会にも同席したがお上人さんたちからいろいろな話があり、楽しく勉強になった一夜であった。南無妙法蓮華経・・・

私の家内の祖母・藤井弘子さんが5月24日天国に旅立たれた。享年104歳。自宅で家族に見守られての大往生だった。凛として品格があってやさしいおばあちゃんだった。今までありがとうございました。合掌。

横手運送社長、ふるけん社長で秋田県中小企業団体中央会会長の塩田謙三さんがご逝去された。ふるさと村のドーム劇場で盛大なご葬儀が営まれた。いろいろな会合でお会いすると私にも気さくに声をかけてくださり面倒見のいい方だった。心からご冥福をお祈り申し上げます。

会社に献血車がきて献血したところ30回目だったようで記念品をいただいた。16歳ではじめて献血してからもっと多くしている気がしたが・・・ちょうど当日17日は24回目の結婚記念日だった。世のため人のためになることはこれからも率先してやっていきたい。ふだん血の気が多いせいか血を抜くとすっきりする気がする。データを見ると健康状態はいいようだ。ふんどしを締めなおして頑張ろう!

社長 小国輝也

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2014年6月25日 水曜日 | No Comments »

サッカーワールドカップブラジル大会、日本はコートジボワールに1?2で負け、ギリシャと0?0で引き分け、コロンビアに1?4で負けて2敗1引き分けで1次リーグ敗退が決まった。25日の朝は日本中が茫然自失の雰囲気に包まれた。(ように思った)本田、長谷部をはじめ日本代表選手たちは精魂をこめて戦ったが、紙一重で勝利の女神を引き寄せることができなかった。サッカーは個々の力とチームプレーの結集による総合力であるが、試合の流れや運不運も結果に大きく影響する。残念な結果に終わったが、日本サッカーの今後に期待したい。昔に比べサッカー人口やファンは確実に増えている。W杯では前回優勝のスペインや、イングランド、イタリアといった強豪国も1次リーグ敗退が決まった。優勝はオランダかブラジルかな?このあとは肩の力を抜いて観戦したい。

千秋茶会は晴天に恵まれ例年にまして人出が多かった(約1万人)。裏千家様と狭山流様からご用命をいただいた。菓子はそれぞれ「青梅」「紫陽花」。尾形工場長はじめ和菓子スタッフがこころをこめて丁寧に調整させていただき、おかげで評判もすこぶるよかった。茶席で食べておいしかったということで早速お店に買いに来てくれたお客様もいらした。ありがたい。

八幡秋田神社の例大祭もすがすがしい新緑の千秋公園で厳粛に執り行われた。引き菓子は弊社の上生だった。私は朝の散歩で八幡神社と竜神さん、与次郎稲荷を参拝している。八幡神社の山本神官、大奥様には旅館をやっているころから何かとお世話になっている。日ごろ神々に守られていることを実感している。感謝!

裏千家の後藤宗国先生が淡交会秋田支部の研究会のため来秋された。私は副幹事長としてお出迎えし、濱の家さんでお食事をともにさせていただいた。茶道のことはもちろん、京都のこと、秋田のことなどいろいろ会話が弾み有意義だった。

全国飲食業組合連合会の全国大会が秋田で開催され、1500名を超える皆さんが参集した。ナカイチにぎわい広場でおみやげ販売をしたが、飲食業のオーナーの方々からかなり秋田の銘菓をお買い上げいただいた。「人が集まれば菓子が動く」?秋には国民文化祭やさまざまな全国大会が予定されている。大会コンベンションの誘致をもっと積極的におこなっていきたい。

寺内の宝寿司さんで会食をする機会があった。3か月先まで予約がいっぱいの繁盛店である。マスターのだしてくれる新鮮な魚や寿司はほんとに美味だった。満腹!

雄勝町の親戚の家に挨拶に行く機会があった。旬の鮎料理をごちそうになった。新鮮でものすごくおいしくお酒もすすんだ。秋田の食は素晴らしい。

秋田県総合政策審議会の今年度一回目の会議があり知事はじめ各部部長から「ふるさと秋田元気プラン」の今年度の方針などについて説明があり質疑応答がおこなわれた。私は引き続き観光・交通部会の副部会長である。実行性のある議論をしていきたい。秋田市行政改革委員会の第一回会議も開催された。人口減少が急激に進む中さまざまなコストダウンを図るとともに選択と集中の考えに基づき成長戦略に予算を重点配分し秋田を活性化させていくことが大事である。

法政大学後援会全国支部長会議、秋田支部新入生父母交流会が相次いで開催された。法政大学は4月から田中優子前社会学部長が新総長に就任し、メディア露出も多く有名な方なので先頭に立って大学のPRをされている。現在学生数は27000人位いるがそのうち地方出身者は7000人位である。学生数の減少や経済的な理由などで私立大学は学生の確保のためにさまざまな取り組みを進めている。法政のように親や学生にたいする面倒見のいい大学が増えている。日本の少子化傾向が加速しており大学にも影響がでているようである。

秋田県が人口減少率トップでついに103万人台に突入した。このままいくと2095年ころには秋田県は消滅する。行政まかせでなく抜本的な対策、アクションを起こしていこう。

秋田高校同窓会総会がビューホテルで開催され200名以上が参集した。任期満了で豊口同窓会長が退任され、町田睿さんが新会長に就任した。町田さんは北都銀行会長である。記念講演は昭和62年卒で宮田陽の芸名で漫才師として活躍している齊藤敬さん、なかなか楽しい話だった。私は司会をつとめたが懇親会も例年以上に参加者が多くにぎやかな宴となった。同窓の絆は強い。

陸上自衛隊の総合射撃演習が三種町の射撃場でおこなわれ視察した。北東北の各師団の代表約80名が参加し、競技を行っていた。はじめて見たが実弾を使っての競技は音もすごく迫力満点だった。隊員はひとつひとつの動作をきっちり確認し、素早く行動していた。自衛隊の皆さんの日頃の訓練は素晴らしいものである。集団的自衛権行使容認の件で国会で審議が続いているが、実際に自衛隊が戦闘に参加し戦争に巻き込まれる事態だけは避けてほしい。国際情勢がきな臭くなってきているが安部総理をはじめ日本の政治家の良識あるリーダーシップを期待したい。わが社も自衛隊を見習って規律正しい社風を創っていきたい。

日蓮宗の「秋田県教師大会」が開催され、私が「わたしの信仰体験」と題して講演させていただいた。菩提寺である本妙寺の大森宣昌上人が秋田県宗務所長をおつとめで指名を受けた。日蓮宗のお上人さん35名の前で少し緊張したが、祖母キセのことや、父母のことやお寺に対して日頃感じていることを話させていただいた。後半は大鵬のことや栄太楼のことなどを話して、無事役目を終えた。懇親会にも同席したがお上人さんたちからいろいろな話があり、楽しく勉強になった一夜であった。南無妙法蓮華経・・・

私の家内の祖母・藤井弘子さんが5月24日天国に旅立たれた。享年104歳。自宅で家族に見守られての大往生だった。凛として品格があってやさしいおばあちゃんだった。今までありがとうございました。合掌。

横手運送社長、ふるけん社長で秋田県中小企業団体中央会会長の塩田謙三さんがご逝去された。ふるさと村のドーム劇場で盛大なご葬儀が営まれた。いろいろな会合でお会いすると私にも気さくに声をかけてくださり面倒見のいい方だった。心からご冥福をお祈り申し上げます。

会社に献血車がきて献血したところ30回目だったようで記念品をいただいた。16歳ではじめて献血してからもっと多くしている気がしたが・・・ちょうど当日17日は24回目の結婚記念日だった。世のため人のためになることはこれからも率先してやっていきたい。ふだん血の気が多いせいか血を抜くとすっきりする気がする。データを見ると健康状態はいいようだ。ふんどしを締めなおして頑張ろう!

社長 小国輝也

カテゴリー:社長通信 「輝進」
2014年6月4日 水曜日 | 輝 進 vol.220 はコメントを受け付けていません

大相撲夏場所にあわせて、両国西口駅前広場で秋田県観光物産展が初日から7日目まで開催された。上野駅や大宮駅のコンコースでは何度か物産展を行なっているが、両国では初めてのチャレンジということでJRの秋田支社長の肝いりで事務局を務めるJRアトリスさんをはじめ15社が参加した。栄太楼は両国国技館前ということで「大鵬」を全面にだしてPRした。等身大の大鵬パネルが写真スポットとして人気だった。大鵬白星まんじゅう、金星まんじゅう、大鵬どらやき、大鵬紅白蒸しどらやきをはじめ、生どらやき、さなづら、竿燈もろこし、さくらゼリーにも大鵬のオリジナルシールを張って販売した。クリアファイル、マグカップ、湯飲み茶碗、Tシャツなどのオリジナル商品も大鵬企画の協力でラインアップした。前半は福岡部長、後半は私がリリーフした。私の姪で大鵬の娘である、次女京実と三女美絵子が交代で販売を手伝ってくれた。娘の万純も販売応援しファミリー総出で盛り上げた。姉芳子も毎日顔を出してくれて大相撲ファンにはインパクトがあったようである。大相撲も新横綱鶴竜、遠藤効果で人気が回復し満員御礼の日が多かった。力士の出入り口には大勢のファンが待っていた。両国は私が学生時代4年間住んだ街であるが、たくさんの外国人観光客も連日来ていて、浅草に負けないくらいインターナショナルなエリアになったものだなと感心してしまった。大鵬親方関係の方や、姪たちの友人、私の友人知人も物産展に来てくれて、おかげで賑わって楽しいイベントだった。テントの外で呼び込みをしていたので日焼けしてまるでハワイにでもいったかのような顔になってしまった。大砂嵐をはじめ大嶽部屋の力士たちも連日ブースに顔を出してくれた。その大砂嵐は12日目に遠藤を破って勝ち越しを決めた。13日目まで白鵬が1敗で単独トップ、2敗で日馬富士はじめ3人が追っている。稀勢の里に優勝させたいがここ一番が弱すぎる。今回の物産展はいろいろ勉強になった。首都圏でもっと外貨獲得できるようさらに戦略戦術を練っていきたい。秋田から応援にきたお客さんたちと大嶽部屋でちゃんこをご馳走になった。やはり大鵬直伝ちゃんこは美味かった!合間に、学生時代の友人や千葉に転勤したばかりの佐藤元君とも食事をし情報交換をした。有意義な両国だった。

ノーザンハピネッツはプレーオフで青森ワッツ、岩手ビッグブルズを撃破し、有明コロシアムで行なわれるファイナル初進出を決めた。感動的だった。ブースターをはじめ秋田じゅうが沸きかえった。有明に秋田からかなりのファンが応援に駆けつけたようである。全国一めざして頑張ってほしい。中村ヘッドコーチはじめ選手にエールを贈ると共に、水野社長や関係者の努力に敬意を表したい。秋田は強い・秋田は熱い!GOGOハピネッツ!!

岩瀬社長が運営するブラウブリッツ秋田も頑張っている。スタートダッシュに失敗したがここのところ盛り返している。ホームでの藤枝戦を応援しに行ったが、いい試合で勝利を収めた。サポーターも盛り上がっていた。いろいろなイベントを行い常に観客動員の仕掛けをしている。スタジアムに足を運ぶのが楽しくて、さらに強くなっていけばファンはもっと増えるだろう。スポーツで秋田をどんどん活性化させていきたい。来月はサッカーワールドカップがいよいよブラジルで開催される。日本代表メンバーも発表になった。頑張れニッポン!

ゴールデンウィークは日並びの関係で後半集中型だったが、天候に恵まれ昨年より行楽地は人出が多かったようである。駅、空港は賑わっていたが街中の路面店は弱かった。2日に弥高神社の例祭があり参列した。新緑の千秋公園で執り行われた古式ゆかしき神事に心が洗われた気がした。毎朝散歩で千秋公園を歩いているが今年は桜やつつじも綺麗で新緑がとても美しく感じられる。

男鹿グランドホテルの錦ちゃんとユーランドホテルの松村社長と久しぶりに3人で一元で食事をして天下国家の話をして盛り上がった。本音トークビシバシで楽しい宴だった。

イーストベガス推進協議会の総会が開かれた。IR法案がまもなく国会で承認されついに日本でカジノが合法化される。長谷川代表も気合が入っていた。今年11月には2度目の日本カジノ創出サミットが秋田で開催されることになっている。佐野元彦副会頭を中心に秋田商工会議所も体制を整え活動を本格化させている。住民のコンセンサスがとれればあとは行政トップの決断である。このままいけば秋田県は2095年ころに消滅する。秋田消滅の危機から脱出するためにも人を呼ぶ仕掛けをみんなで創り上げていこう!

来週は秋田県観光連盟総会が開催され今年の事業について審議される。また27日秋田朝日放送のAABホットサイドでは観光をテーマにシンポジュームが行なわれる。角館の安藤醸造の安藤社長、増田の日の丸酒造の佐藤社長とともに私がパネラーを務めることになっている。コーディネーターはフリーアナウンサーの小宮悦子さん、いかに秋田の観光資源を磨き上げ秋田を訪れる観光客を増やしていけるかガチンコで議論を交わしたい。

谷口工務店の谷口満洲美社長のご長男が22歳の若さで心筋梗塞のため急逝された。4月から東京の会社に就職して張り切って仕事をしていた矢先だった。たくさんの方々が葬儀に参列した。せつなくて涙が止まらなかった。ご冥福をお祈り申し上げます。

昭和40年代50年代に栄太楼の洋菓子部長として長年勤めてくれた皆川建三さんがお亡くなりになり、葬儀では私が弔辞を述べさせていただいた。皿パイ(アップルパイ)、サバラン、リーフパイ、マドレーヌ・・・皆川さんは記憶に残る洋菓子を作っていた。「おしゃべりっこ」も皆川さんの作品である。頑固だが信念のある職人だった。サティ店の実演販売でもお世話になった。ご冥福をお祈りします。

故小国セツさんの49日法要が執り行われ、本妙寺のお墓に納骨された。早いものである。今頃ご主人の東三郎さんと久しぶりに再会し、下界のことを報告されていることだろう。私も未来永劫栄太楼を継続発展させていくことを墓前でお誓い申し上げた。栄太楼商売繁盛やるぞー、がんばろう!ガンバロウ!頑張ろう!!!

大相撲の放駒元理事長も虚血性心疾患のため急逝された。理事長として相撲界改革に尽力し角界の危機を救った。大関魁傑は私がもっとも好きな力士だった。『休場は試合放棄』は魁傑の名言である。合掌・・・

どちらも国外に領土拡大を図ろうとしているようにみえる中国の習近平さんとロシアのプーチンさんが親密に会談、安部総理は憲法解釈を変えて集団的自衛権を認めさせ、タイではクーデターがおこりアジアの情勢は大変不安定できな臭くなってきている。私が生きているうちは日本が戦争に巻き込まれることはないだろうと思っていたが、いつ何がおきてもおかしくない世の中になってきた。

美味しい「どらやき」を食べてお茶を飲んでほっと一息・・・お菓子で平和を希求しよう!

不安を払拭してまずは目の前のことを一生懸命チャレンジしましょう!

社長 小国輝也

ノーザンハピネッツは富山グラウジーズを破って東地区優勝を決めたが、琉球ゴールデンキングスに決勝で惜敗しリーグ準優勝。冨樫選手はじめハピネッツの選手かっこよかった。有明に3000人超える秋田ブースター参集。圧倒的ピンク!秋田は熱かった・・・

大相撲夏場所は白鵬が14勝1敗で29回目の優勝。稀勢の里13勝で及ばず。大砂嵐は10勝5敗。足を痛めていたが後半よく頑張った。来場所は横綱大関戦。上をめざしてさらなる活躍を期待したい。

カテゴリー:社長通信 「輝進」
2014年5月3日 土曜日 | No Comments »

千秋公園の桜も満開になりここのところ早朝の散歩している人が多い。昨年は天候不順で桜開花がおくれ花も小さかったかんじがしたが、今年は花がきれいで華やかな気がする。さくらゼリーは先月につづいて絶好調で、あちこちからオーダーが舞い込み製造が追われた。通販は一時品切れ状態となってしまった。全力をあげて綺麗でおいしいさくらゼリーをお届けできるよう体制を整えて頑張っていきたい。体にやさしい『健康どら焼き』がついに新発売になった。魁新聞やABSなどマスコミでも取り上げられ早速まちの話題になったようで店頭での売れ行きがいい。うれしい限りである。高齢化社会を迎えて糖尿病予備軍の方が850万人いるといわれているが、消化吸収がゆっくりで血糖値があがりにくいお菓子はこれからの日本にニーズがおおいにありそうである。パラチノース(機能性糖質)を使ったスローカロリーでおいしいどら焼きで秋田からムーブメントを起こしていきたい。

私の義理の伯母にあたる小国セツさんが1日天国に旅立った。前日まで元気で普通に生活していたが、朝方布団の中で昇天されたようである。享年96歳。ある意味大往生であるが、まだまだお元気でいろいろな昔話ができると思っていたのに残念である。ご自宅にお伺いするといつもおいしいコーヒーを煎れてくれた。弊社6代目小国東三郎社長夫人として70歳を迎える頃まで大町店で陣頭指揮をとっていた。「あねさん、あねさん」と社員から慕われていた。いるだけでまわりが幸福になるようなまるで菩薩様のような笑顔でいつもにこにこされていた。喪主はお孫さんの進太朗君がつとめベルコシティーホールで行なわれOB諸氏も参列した。菩提寺は本妙寺、お上人さんから温かいお悔やみの言葉があった。戒名は栄祥院妙容日節大姉。今頃天国で先に逝った方たちと久しぶりの面会をしている頃だろう。心からご冥福をお祈り申し上げます。

その後7日に角間川の小国家の本家を訪問し、仏壇に手をあわせご先祖様の霊を拝み感謝してきた。小国家はおあばちゃんと奥さん、女性ふたりで魚屋を切り盛りされている。いろいろなお話をおうかがいすることができた。縁を大切に精進していきたい。

1月までホテル大和の調理長を務めていた武藤芳樹君が、インドネシアのジャカルタで心筋梗塞で倒れ帰らぬ人となった。享年46歳。秋田を代表する調理師が海外で腕をふるおうと夢を抱いてチャレンジし、5月にうなぎを中心とした日本料理店をオープンさせる直前での訃報である。奥さん美根子さんとお嬢さんゆうみさんがジャカルタまで向かえに行き火葬して芳樹君を秋田に連れてきた。死亡推定日は9日で、秋田に帰ってきたのは18日だった。文化も風習も違う国でいろいろ大変だったようだが、武藤君がお世話になったオーナーのソニーさんがいろいろ親身になってケアしてくれたそうで奥さんも感謝していた。武藤芳樹君お別れの会は150名が参列しホテル大和で執り行われた。彼は幅広い交流があったので調理師会のみならずいろいろな方々が、彼の突然の旅立ちを悲しみ冥福を祈った。彼の兄貴秀樹君は私の幼稚園からの同級生である。芳樹君は若い頃旅館栄太楼に10年間勤めていて私にとっても弟分のような存在だった。平塚さんはじめ栄太楼OBもたくさん集まった。包丁人武藤は天国でまた腕を振るうことだろう。武藤の味付けは大鵬親方やうちの親父もほめていた。天国で花見の宴をやっているかもしれない。合掌。

「カクテル&バー レディー」が創業50周年を迎え第一会館で祝賀会が開催された。約300名が参集し、大変楽しい盛り上がった宴だった。オーナーの中島康介さんが昭和39年2月6日に開店して一代で50年である。快挙だと思う。中島さんは川反や秋田の飲食業界の重鎮で、同業者でも中島さんを慕っている人が多い。人徳で全国からたくさんの方がパーティーに馳せ参じていた。80歳を過ぎていると思えないほど若々しく今も現役で店頭でカクテルを作っている。夜中まで仕事をしているはずなのに朝早くからさっそうと自転車にのっているスーパーマンである。私の親父たちとも交流があり、昔のこともさりげなく教えていただいている。中島さんのますますのご健勝、レディーの繁盛を祈るとともに、感謝したい。引き菓子は「さくらゼリー」をお使いいただいた。お店は中島さんの愛弟子である長沢さんが中心になって切り盛りしている。レディーに乾杯!!

久しぶりに「キリン愛飲の会」が大町に新しくオープンした『ル・セット』で開催された。米カフェの米本さんのお店である。奥行きが深くパーティールームやウエイティングバーもある素敵な店である。料理研究家の米本さんならではの料理も人気のようである。冷たいキリン生ビールをおおいにのみキリン友の会メンバーで楽しい異業種交流のひとときを過ごした。今年じゅうにキリン仙台工場の視察に行こうという話しになった。キリンは美味い!

香川県観光協会の梅原会長、松岡専務が来秋し、橋口副知事、前田観光文化スポーツ部長たちと「比内や」で懇談会を行なった。松岡さんはJTB出身で関西で役職を歴任したあと出身の香川に戻り現職である。久しぶりにお会いすることができさまざまな話をすることができた。東海林太郎音楽館、大鵬ギャラリー、ねぶり流し館をご案内し喜んでいただいた。翌日からわらび座でミュージカル「げんない」がはじまりその表敬訪問をかねての来秋だった。「げんない」初日公演は大盛況で、わらび座の演出も素晴らしく皆感銘を受けていた。秋田県、香川県の両知事も絶賛していた。来年正月までのステージ、大ヒット間違いないと思う。役者さんたちの表現力本当にすごいと思う。サービス業は見習うべきことが多い

裏千家故佐々木宗文先生の追悼茶会がキャッスルホテルで行なわれた。佐々木宗和社中の心のこもった茶席、素晴らしかった。

秋田高校、伊藤校長はじめ新任の先生方が着任し歓迎会が開催された。またPTA総会も開かれ新役員も決まり新年度がスタートした。私は二年部の代表として副会長である。母校の生徒たちが人間力を高めていけるようバックアップしていきたい。

秋田市竿燈まつり実行委員会の総会が開催され、今年度事業が承認された。観覧席の売れ行きも好調なようである。市民パレードは初日の3日に開催することになった。伝統をまもりながらも竿燈のさらなるにぎわい創出のために知恵をしぼってみんなで盛り上げていくことが大切である。『ドッコイショー!ドッコイショー!』

大潟村の鎌田俊夫さんが製作を進めていた大鵬の木彫が完成しアトリエでマスコミに披露された。240センチの堂々たる木彫である。このあとこれを基に銅像の製作が進められ8月にはロシアのサハリン(旧樺太)に持って行き大鵬出生の地に建立される予定である。写真を見て姉は少しお腹が細めかなと言っていたが、若い頃の横綱大鵬の雰囲気がよくでていて威厳があるがやさしくスマートな大鵬像ができあがりそうである。JA大潟村の小林組合長が中心になって、今寄付金集めに東奔西走されている。秋田の皆さんをはじめ日本人の善意でロシアに日本人初の銅像を建てることになる。成功するよう協力していきたい。

消費税は予定どおり8%にアップした。3月末の駆け込み需要狂想曲はすごかった。菓子業界は駆け込みもなかったかわりに4月の反動もないようである。お客様に喜んでもらえる菓子作りを強化していきたい。

国賓としてアメリカのオバマ大統領が来日し日米首脳会談が行なわれた。「すし外交」は成功したようにみえたが、日米共同宣言の発表はTPPをめぐり難航した。安部総理が大統領にすりすりしすぎな印象をうけたが皆さんはどう感じたろうか?

韓国のフェリーが沈没し大惨事になった。船会社、船長はじめあまりに理不尽な対応には驚愕させられた。他山の石としたい。               社長 小国輝也

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